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気ままに無駄話

繁栄2.0

 

 

ここで行われるのは、繁栄に関する書籍の紹介と無駄話です。

 

私はと言いますと、つい最近まで就活生をしていました。しかしながら運が良かったのか、本格的に就活を初めてほんの1ヶ月で外資系コンサルファームに内定を頂き、既に暇になってしまいました。その様な経緯もありこの様な無駄話に時間を費やしているという次第です。

 

 

 

 

どうぞ短い時間ですが、私の無駄話にお付き合いを願います。

 

 

 

 

就活をやった事がある人なら一度は感じた事があるモヤモヤがあります。

企業理念とか企業文化の内容を読んでてイノベーションとか成長とかっていう言葉がどこの企業でも多用され過ぎだろ。これでは曖昧さによる思考の誤魔化しが起こり過ぎていると。

そこで本章ではその問題を少しでも解決する刺激材となるべくその理念や文化基盤の裏側にある繁栄という言葉を噛み砕いてやりたいと思います。

 

 

 

 

まずはじめに、社会学とか教えてる教授全員これ読めって思う本を3つ紹介します。

 

繁栄 著者は経済学者と言うより兼ねてから生物学者でもあり、人類という種の繁栄の過程と、これからの展望を多様な視点から楽観的に述べている。読みやすいし内容も詰まってて面白い。

繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史

繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史

 

 

  

 都市と野生の思考 面白い二人がセッションしたらそりゃ面白くなるよね。の典型。繁栄2.0とも言える成熟に関して面白いインスピレーションを得ることができた一冊。

 

 

 日本再興戦略 今の日本社会で最も未来に影響与えている教祖的ポジの落合氏が書いた一冊。内容も多様で納得せざるを得ない分かりやすさとロジックに魅了されます。日本人必読書。

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 

 

 

この三つ読んでみてざっくりした感想は、全員将来に関して楽観主義者であるという事です。というか多分“結局どうするべきか”っていう問いで物事を見ていくと自然と悲観的な視座から一番遠いとこにポジションが定まるのではないでしょうか。

何か目的(又は問題)があるときに、それに対してどうするべきか。という問いは、そこから派生するリスクよりも重要度が高いのです。

 

 それではとりあえず本題にうつります。

 

繁栄とは、で辞書を引くと…

[名](スル)豊かにさかえること。さかえて発展すること。「社会の繁栄」「子孫が繁栄する」と出てきました。

 

これでは言葉の持つ意味をさらに抽象的に描写しているだけです。だから繁栄って何か分からないし、誰も気に留めないつまらない言葉になってしまうのです。

 

て事で私なりに繁栄の解釈をしてみると、

繁栄ってつまりは世の中が便利になってみんなハッピーになる事だと思います。

だけどこの便利もハッピーも僕なりの解釈で構築されてるからもっと詳しく説明します。

 

  • 世の中が便利になるというのは要するに交換と専門化のプロセスによって時短が起こり、余った時間が生まれるって事です。
  • ハッピーというのは、社会に機会・選択肢といった可能性の多様性があってそれを人々が自由に選ぶことが出来るってこと。

 

キーワードは「余った時間・可能性の多様性・自由選択」です。これらが概ね繁栄っていう言葉が意味するところだと考えます。

だけど、これだけじゃ結局一般的に言う経済的な繁栄みたいなイメージが拭えなくて面白くない話になってしまうのでさらに意味を付け足す事を試みようと思います!!

 

繁栄2.0

これは私が勝手に作った無駄な言葉なんだけど、世の中が経済成長とは別の価値を抱きだすフェーズに入る事を指してます。

 

前述した様に、繁栄の基本的評価基準は時間です。余った時間分さらにイノベーション起こして経済的に豊かになったり、裏を返せば無限に余った時間を埋めちゃうイノベーション地獄に陥ってストレスレベルの高いコミュニティになったり。

時短につながる変化のことをここではイノベーションとして考えてあるんだけど、時短が起きなかったらって考えれば、時間に余裕が出来ること自体が繁栄そのものであり、繁栄が起きる理由でもあることが分かると思います。

 

では、時短がなされたらそれでおしまい。はい。あとは衰退の道を滅びるまで堪能しましょーと言う話かと言うと、そうではない。

 

話が変わりますが、

人の老いには二種類あると思ってます。

  1. 年をとるにつれて経済的な豊かさを追求し一人ぼっちになっていく人
  2. 年を積むだけ徳を積んで、人と人の間で生きる道を豊かにしていき財産や幸せを人と共有できる人

 

これは多分人の話に止まらなくて、一般的に成熟と言う言葉で表されている繁栄のプロセスではないかと考えています。

 

「 成熟した社会というのは、熟れて腐乱状態にあると同時に、未熟さを深く宿している社会でもある」鷲田清一; 山極寿一. 都市と野生の思考(インターナショナル新書) (集英社インターナショナル) (Kindle Locations 453-454). 株式会社 集英社. Kindle Edition.

と言う様に鷲田のおじ様がおっしゃっているのですが、

ここで言われている成熟の風格(腐乱状態)と未熟さに表される二面性と言う考え方は重要です。 

 

ちなみに、ここで言う未熟さは子供っぽさと言う風に表される様な何かに夢中になったら他のことが目に入らなくなったりじっとしていられなくなった事を指している様です。

 

つまり、社会が生まれて間もない時に最初に核となった未熟性と言うものがおそらく全ての場合にあって、社会はその未熟さを守るために成長し、繁栄とは別次元で成熟が行われる。と言うことが考えられるのではないでしょうか。

未熟さを守るための機能としては、祭りとかがあるのかなーなんて考えたりします。

 

 

 

ここまで、ほんの少し繁栄を因子分解して考えて見ましたが、

ザックリと繁栄が[名](スル)豊かにさかえること。さかえて発展すること。では表しきれない深みを含む概念である事を読者の方と共有できたら、それだけで僕は満足です。

 

繁栄=時短+多様性+成熟

繁栄とは世の中が便利になってみんながハッピーになる事。

それは分業と専門化のプロセスによる時短と可能性の多様性が豊かになって人々が自由になる事を意味していて、

ある程度余裕が見られてきたら次の成熟というフェーズに入って行く。成熟とは未熟さを守りつずける機能とそれをカバーする様な柔軟性を持つ事です。

 

 

こんな感じで繁栄っていう言葉をある程度具体的なセンテンスに落としこんでみました。こんな抽象的な無駄話を通して何が言いたいかといいますと、現代の日本企業がイノベーションとか発展とか繁栄から派生した言葉を多用してて、その意味を就活生も企業側もしっかり考えてなさすぎるという事です。

 

高度経済成長期の企業はみんな社会が必要とするものを大量生産して売るだけでよかったけど、今は物質的な豊かさがある程度登るとこまで登ってしまって、本当に社会が必要としているものが何なのか分かんなくなってきていると思います。

そんな時に繁栄って言葉を疎かにして“僕は御社に入り社会に新しい価値を想像して次世代の繁栄に貢献したいです!”なんて薄っぺらい事言ってもその言葉の先に何も意味が無くて私としては寂しいです。

 

つまるところ、

企業理念に賛同する就活生(繁栄信者)になる為には繁栄に関する本を読んで、企業への逆質問で「企業理念で語られている繁栄とは具体的に何を意味するのですか」とか「定量化出来る経済的な成長だけを求める企業ではないとしたら具体的に何を志す企業だと考えればよろしいでしょうか」なんて質問をして人事を困らせてください。人事の方であれば経営理念の言葉の意味を大切にして下さい。

 

 

 

以上、繁栄に関する無駄話でした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたがこの無駄話を読み終わり、目をつぶってほっと一息ついてくれればこれほどの幸せはありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、

昨日からハマってしまったSwuM[スモーク]という謎の日本語名のアーティストを紹介 

Prada

Prada

  • SwuM
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

 


SwuM. - [スモーク]


SwuM - Elevated


SwuM- [スモーク]

 どこかしら聞き覚えのある気がする系サウンドを駆使した素晴らしい曲です。

おすすめ。

 

 

 

 

 

ブログはじめてみた

 

なぜ今ブログ始めるのか。?

 

 

現在ベネチアに交換留学中で今年4月には大学4年になる。つまり、7月までには世間一般的に就職活動という意思決定を行わなければならない年である。

 

端的に言うと、「つまんない。」から。

 

自分の幸せには責任を持たなければならないと思ってるし、Nobodyとしての人生なんて絶対に嫌だ。

 

ブログ始める一般的な理由は承認欲求とか自己顕示欲とかなんだろうけど、それも少しはある。

少しはある。と言うのは、それらの欲求は生理的な欲求と同じだと思っているから否定はできないよねってこと。

 

さて、「つまんない。」と言うのはどういうことかと言うと、

このまま目の前のことを淡々とこなしていった先の人生をイメージすると普通に幸せになって普通に豊かに暮らしていくのが見えて、それってどうなんだろう?って改めて考え始めてしまった。と言うこと。

そう、ある種の病気です。

 

Hamburg Germany

なんでそんなこと考え始めたのかと言うと、

ハンブルグっていうドイツの北に位置する都市に来てて、というのもそこは僕が4年前に留学した街。

http://view.stern.de/de/picture/3640557/wasser-sonnenuntergang-hamburg-fotografie-schiff-speicherstadt-hamburger-940.jpg

 

4年前のハンブルクでの生活はとても豊かで(人々のバランス感、仕事と生活、緑と都市、歴史と進歩、が丁度良く感じた)ある種の感動があり、夢のような世界に感じた。

 

そして今4年越しに訪れて、再びハンブルグの都市としての魅力には圧倒された。だけど何かが4年前と違う。

 

ドイツ人の旧友達に再開したけど、何も変わってないし昔と同じように会話して良い時間を過ごせた。だけど何かが4年前と違う。

 

何かってなに。

 

それは多分“憧れ”っていう感情なのかなって思ってる。

会う人々は幸せそうだし、世の中でいう豊かな階級の人々だったりする。良いなって思うけど、尊敬はするけど、そうなりたいかっていう疑問には答えが出せない。

 

誰かの人生に憧れを抱くなんて「つまんない。」

 

目の前のことを淡々とこなしてうまく行くこと。が人生ではない。

 

「つまらない」の対義語は「つまる(詰まる)」

これは頓知ではなく、「詰まる」とは言葉の通り、行動や思考がある時点までたどり着いた(詰んだ)状態を指している。

だから、僕はつまる生き方って何か。というのを探る手段として、このキーボードを打ち始めたのかなーと。

 

 

Hamburg Jungfernstieg にて